日比谷野外大音楽堂にフラメンコを見に行ってきた。

【小松原庸子フラメンコ舞踏団 第37回 野外フェスティバル 真夏の夜のフラメンコ】

拓也の友達が出るということで電話をもらう。「マジで給料日まで金がまったくない」と断ったのだが、「なんとかするから・・・」と言われる。「なんとかってどんなやねん」と思ったが、両親もいくことになり、気づいたらチケットがあった。S席8000円なり。

なんか拓也がその友人に、おいらがスペインに行っていたことを話をしたら楽屋に来てどうとかこうとか、そっちの方が目論見云々・・・って話をしていたので、もしかして、スペイン人の知り合いができるかも・・・新たなコネクションができるかも・・・と淡い期待をもって見に行ってみた。

フラメンコはスペイン人でもある種「壁」があるものらしい。フラメンコ=スペインみたいになっていて、実際そうなのだが、もとはGitano(ヒターノ:ジプシー)の音楽。そして、悲哀を歌う。踊りやらカスタネットやらはあとづけらしい。スペイン人=Gitanoではない。GitanoはGitanoだ。エジプシャンがなまってジプシーと言われるらしいが、出自はインドとかなんとか。まぁ、流浪生活している人々が歌う歌なわけだ。

って、別にそういうことを書きたいわけではない。サイトを持っているとフラメンコをやっている方からも良くメールをもらうのだが、おいらはフラメンコを日本でみたことがないため、まったく想像がついていなかった。ただ、日本はスペインについでフラメンコ人口が多い国なので、技術的にはともかく、見ておく価値はあるのではないか・・・と前々から思っていた。

で!

正直、イメージしていたものと全く違った。「うまい」「へた」とか「本物」「偽物」とか「良い」「悪い」ということではなう。「違った」のだ。見てみて「舞踏団」となっている意味がよくわかった。

スペインでも「本場」と言われるところでフラメンコをみたのなんか二回しかない。そして二回といっても、観光客用のタブラオでみたフラメンコ。逆にバレンシアでは「cafe del duende」には何度となく足を運び、なんともすんごい迫力のあるフラメンコを見た。それが本物とか偽物とかわからないが、とにかく圧倒されるフラメンコだ。踊りはちゃんと順序があるのだろうが、なんとなく自由に、その場その場の感覚で踊っているように見える。「踊り」というよりはなんていうか・・・「即興劇」みたいな感じ。「劇」ってのも違うか・・・う〜ん。

今回みたのは「現代フラメンコ」と言えばいいのか「フラメンコ舞踏」とえばいいのか・・・とにかく一度にでてくる人数がとてつもなく多かった。多いときは20人以上はいたんじゃないだろうか?そのそれぞれが・・・全員というわけではないが・・・ある程度のグループになって「振り付け」(?)を合わせて踊る。

それがものすごい驚きであった。フラメンコの踊りを合わせるという発想自体なかった。おいらが見ていたフラメンコは合わせられるような踊りではなく、時にはジタンダみたいのを踏み、時には舞、時には飛びはね・・・そんなやつ。

手の動きも含め全体の動きはフラメンコのそれなのだが・・・・リズムはともかく、どちらかというとハワイのフラダンスとか、ポリネシアン舞踏に近い気がする。正直迫力はほとんどない。おいらがイメージしていたのは、1人ないし2人・・・または人数が多くても、周りはパルマ(手拍子)でリズムを作り、その前に立って踊るのは1人というものだった。今回も最後の最後に、一部実力者の方が踊る場面はあったが、ほんの少しであった。

スペイン人男性(振り付けを考えた人)と、その舞踏団の長である小松原庸子氏はその存在感に圧倒され、さすが・・・と唸らされたが、やはり年期の必要なものなのだろうな〜としみじみ思う。そして、「超えられない壁」みたいなものを確かに感じた。外国人が握り拳で演歌とか「じょんがら節」を歌う感じに近い。絶対無理ではないが、超えなくてはいけない壁はあるだろう。体型などはなんとかなるとして、あの身につまされるような気がしてくる悲壮感漂う表情とか・・・。


いやはや・・・しかしながら、本当にびっくりした。センセーショナルというか・・・。普通に日本で「フラメンコ」をやっているというと、この形のフラメンコのことをいうのだろうか?一つ勉強になった。

迫力云々いいつつも、見ていて思ったのが、「フラメンコ踊るのってとても楽しんだろうな〜」ってこと。とてもかっこいい(ただ、衣装変えすぎ)。そして、気持ちよさそう。でもって、びっくりしたのが今回みにきていた観客でセビジャーナスを踊る人間の多いこと多いこと。タカシ君がマラガにいたときに習ったらしく彼も踊るが、日本にもここまでいるとは・・・さすが、スペインに次いでフラメンコ人口が多いだけある。タカシ君曰く、セビジャーナスは基本的なところを覚えるのは簡単らしいので、機会があったら誰かに教えてもらってもいいかもしれない。

ついでに書いておくと、劇中、ず〜っとスペインに哀愁を感じていたのが、後ろで歌っている女性の声とギターの音。これはフラメンコの歌では本当に良く聞く・・・なんというか、タバコか酒でつぶれたようなハスキーな感じの声だ。Ojos de Brujosのような声。Volverの曲の声といってもいい。彼女たちは表には全くでてこず、最後まで裏方でダンサーの後ろに陣取って座っていたが、かなり良かった。またcafe del duendeに行きたくなってしまった・・・。聞いていても聞き取れないところがほとんどで、歌詞などを理解して余韻に浸るなぞはできないが、その表情とテンポ、そして時々聞き取れる単語でなんとなくだがイメージはできるから不思議だ。

家に帰ると、とりあえずMaria JimenesとOjos de Brujosをかける。すると、あらあら、どうしましょう・・・「やばい気持ち」になってきるではないか・・・なにかが産まれそうだ・・・う、産まれる・・・いかん・・・いかんぞ・・・お、抑えきれない・・・。