Me llamo Fermin

リハビリで石積んでいるというのに、あまりに石積みが忙しくて、日曜から次の日の石のことを考えてしまうくらい衰え切ってしまった。それもこれも、先日やめてしまった(正確には契約が切れた)ヘケットさんとラクシュミさんのしわ寄せ。

先週の金曜日の時点で、なにやらゴブリン君とクーフーリンさんでおいらの取り合いをしていたから、「来週までに話し合っておいてください。おいらはどっちでもいいんですから・・・」とリハビリ石積み職人としての存在をアピールしておいたのだが、案の定、どっちの石を優先するか決まってない状態。

こちとらマングースみたいからさっさ石積んで帰りたいというのに・・・それに、ダメ人間とはいえ、やることはちゃんとやりたいのだ。リハビリなんだから手を抜いたら自分が痛い目にあう。全権委任ってんだったらそれはそれでいいのだが、リハビリ職人には「選択権」というものがない。

朝ついてそうそうゴブリン君に聞く。

ヨ「で・・・今日はどっちやればいいんですか?どっちも締め切りえぐいじゃないですか・・・」
ゴ「クーフーリンさんの方は?」
ヨ「え?いや、水曜の打ち合わせまでに全部ですよ。今日明日はばっちりかかりますけど・・・」
ゴ「んん〜〜〜!!!!」

困るゴブリン君。しかし、その顔が「全然打ち合わせできてない」ということを如実に示していて、「またかよ・・・」とちょっとムッとする。

本当に人の使い方が下手な石積み場だと思う。なんのために土曜日、日曜日と出石積み場させてるんだか・・・。

ヨ「いや、こっちはどっちでもいいんですけど、どっちが優先なんですか?」
ゴ「優先順位は僕にはきめれないので」(小声)
ヨ「・・・・じゃ、なんでおいらが決めれるんですか!」

だから、2人切るなっていったのに・・・まぁ、経済的な事情もあるんだろうけどさ〜。マジで自転車操業だ。明らかに石積みの質も悪くなってきてる気がする。どんなにクーフーリンさんが石積みがうまくても、一日で作ればさすがにあらが目立つ。素人目でもわかる。

もうダメやな。まぁ、あと2ヶ月のおいらには関係ないけどさ。

今日、ラクシュミさんの代わりに新しく女性の派遣石積み職人がやってきたのだが、かわいそうにのっけからおいらたちのの石のチーム。少々複雑な石積みなため、きたばかりの人に「はい、これやって・・・」なんて言えるような状況ではないというのに、「じゃ、クリシュナ君と分担して、彼女にもできそうな石を渡してください」とかいわれ頭を抱える。そういうのって、時間があるときにやるんじゃないのか〜?明日締め切りだったら、人に教えてる間に自分でやった方がはやいやん。しかも、うちの石積み場のネットワークやらシステムやらから教えなくちゃいけないというのに。

ヤメヤメ。つまらん。


あまりにつまらんから、スペイン人名の謎について思い切り殴り書きしておこうと思う。思いついたままかくので、むちゃくちゃになると思われ・・・。

きっかけは、Fermin(フェルミン)。つい最近まで読んでいた「風の影」の登場人物であるFerminに似ているとお嬢にいわれたことを思い出したから。

以前、おいらのスペイン人名に関しては、以前、Manolo、Santi、Mariajo、おいらの4人で話しあったことがある。

韓国人はカトリックが多かったりして、洗礼名をもっていたりするし、ヨーロッパ人でも発音が難しい場合は、どういう根拠かわからないがスペイン人名をつけたりする人がたまにいたりする。まぁ、ヨーロッパの場合は、カールがカルロスだったり、ウィリアムがギジェルモだったりと、発音だけ変えて同じ名前という裏技というか、表技が使えるのでいいが、日本人の場合そうはいかなかったりする。

まぁ、ようは遊び半分でおいらにもスペイン人名をつけようということになったのだ。

詳細は忘れたが(多分、過去の日記にあると思われる)、SantiがFerminをものすごいおして、MariajoはJorgeをむちゃくちゃおし、ManoloはおしてはなかったがGabrielあたりをすすめてきた。

JorgeはJの発音である喉の奥の方からはき出すようにだす「ホッ」の発音が少々難しく、自分の名前なのにきちんと発音できないということで却下。SantiのFerminは、なんともPamplonaチックなので却下した。Pamplonaは留学先に考えるほど好きな街ではあったが、すでにValencianoかぶれになっていたため、義をとりやめたのだ。ということで、いかにもスペイン人っぽいGabrielということになったのだが、これはしばらく冗談で使っていたのだが、皆がマジ「え??ホント?」と驚くので、次第にいわなくなってしまった。普通の人からみればすぐにアジア人とわかるのだが、たまに「どっか混じってる?」とか、酔っぱらいに「スウェーデン人?」とか、チラクには最後まで純血日本人て信じてもらえなかったような気さえする。まぁ、いいんだけどさ。

結局、Me llamo Gabriel(私の名前はガブリエルですの意)は諸刃の剣の禁じ手となってしまったわけなのだが、風の影のFerminがかなりいい味を出していて、しかも似てるといわれちょっとうれしい気分になっているため、いまさらながらFerminを名乗ろうかと思いついたわけだ。

実際問題、日本で仕えはしないが、パソコンのハンドルネームやらメールアドレスくらいだったら使えるだろうし、日記の隠語でも使えるというのもある。日記上で、あらぽんから呼ばれる呼び名に「ヨモツシコメ」を使うのは、気分的によろしくない。ヨモツシコメはあくまで石積み場内での呼び名としてつかいたいので、前々から困っていたのだ。

ってことで、今日からMe llamo Ferminにする。Masaquitoは実名がわかりすぎるというのもあるし・・・うん、ちょうどいい。

あ、すげ〜どうでもいいが、Masaquitoの「ito」の部分は日本におけるスペイン文法用語としては「縮小語」と呼ばれるもので、よく会話本とかでは「○○ちゃん」的な感じの役で使われてたりする。しかし、単純に「ちゃん」をつければいいわけでもなく、とにかく訳するのにむちゃくちゃ困る文法。

いい例が思いつかないが、たとえばGato(ガト)。これだと猫なのだが。Gatito(ガティート)になると猫ちゃんとなる・・・といいたいが、日本だと「にゃんこ」的な感じだと・・・思う。また、「Gordo!!」(ゴルド)と叫ぶと「デブ!」という感じになるが、Gordito(ゴルディート)になると、「おデブちゃん」的になる。

おいらは当時、キャンディキャンディーが好きな女の子に、このitoを多様されて、何が何だかわからなくなったことがあるし、南米人はとにかくなんでもかんでもこの「ito」をつける(という話を聞いた)ので、メールを読んだひにゃ〜「ちゃんちゃんちゃん」と「ちゃん」が頭から離れなくなるのだ。「ちゃん」と訳さなければいいのだが、そういうイメージで覚えてしまったため、もう無理なのだ。

このito(ちなみに、女性名詞の場合はitaになったりするが、そうじゃない場合もあり)は生物だけでなく、物質にも使えてしまうから大変なのだ。要は「小さいもの」を表現するときにつけるのだ。Pezだと魚だけど、Pecitoだと小魚になる。ようは感覚の問題。なんだろうな〜。旅立つ友達に、Regalo por favorというと「おみやげくれ〜」になるけど、「regalito por favor」というとなんとなく、ちっちゃいおみやげをイメージさせて、日本的な侘び寂びがそこに付加されるのだ。Regaitoのあとに、Pequenito(Pequen~o=小さい)をつけるとなお良し。「お〜し、買ってきてやる!」となる。もしスペイン人の女の子でこれをいってきたら、たぶんおいらはPequenitoにはんして巨大な土産をかっていくに違いない・・・。

う〜ん、なんて説明していいかわからん。

で、なんだっけ・・・あ、そうだ・・・itoの訳か・・・。

で、最近、秋田かなんかの番組をみていたら、料理中の素材としておばあちゃんが「うしっこ」とか「とりっこ」とかいってるのをみて「これだ!!!」と思ったわけ。この「っこ」の部分が、日本のitoにあたるのではないか・・・と。

ついでに、先日、おかゆを買ったときも、「おかゆさん」といっている自分の言葉をきいて「これだ!」と思ったわけ。その後「だるまさん」も思いついたのだが、これは微妙な判定。達磨の水墨画を思い出しちゃったから。

なんかどうでもいい話になってきた。

ついでについでについでに書いておくと、スペイン人名についてはある種のルールというか、決まり事みたいのがあって、その名前が男か女か見分けやすかったりする。

スペインでは名前の最後がOで終わると男性名で、Aで終わると女性名という場合が多い。男性名詞や女性名詞もこのルールにのっとってることが多い。もちろん例外は腐るほどあるし、他の文字で終わる名前もたくさんあるが、たとえば、Francisco(フランシスコ)だったら男で、Franciscaだったら女・・みたい感じ。

判別に便利なのだが、日本人にとってはたまに困ったことになる。日本の「○○子」というメジャーな名前が、スペインでは男だと思われてしまうのだ。

学校にいっていたときに、よく受付の人に呼ばれ「ねぇねぇ、この名前って男?女?」と良く聞かれた。うちらからみたら、どう見ても女の名前なのだが、彼らにしたら男の名前だと思ってしまうのだ。「これはOで終わってるけど、女なの!」っていったそばから、今度は「YOSHIHIKO」という名前がきてしまい、「これはOだけど男なの」と説明させられたことがある。

結局、日本の漢字の話から始まり、延々1時間くらい日本人名について解説したが、結局学校のメールにはアルファベットで名前が送られてくるため、「漢字でだいたいわかるんだよ〜」といっても、彼らにはどうしようもなかったわけだ。で、困りはててたら、「KAORU」という名前の人がきてしまった。

「9割方女性だけど、もしかしたら男の可能性もある」とおいらがいってしまったのが失敗だった。「なんで、男と女で同じ名前であることがあるんだ!」という疑問をもたれてしまい、説明に四苦八苦。で、再び「漢字」の説明になるのだが、漢字でも良い意味があれば、男でも女でも使う。陽とか幸とか・・・。

彼らには一生無理でしょう。

ちなみに、留学前においらのもとに届いた書類も「女性」になっていた。送った書類には「男性」とかいてあったと思うのだが、書類を打った人が当然のように女としてしまったらしい。送り直してもらっても間に合わないので、そのままいったが・・・。


スペイン人名で最初難しかったのが、Jose MariaとMaria Jose。両方とも2つで一つの名前。Maria Joseというん名前の友達(Mariajoのこと)ができてからはさすがに間違えなくなったが、Jose Mariaは男で、Maria Joseは女なのだ。前スペイン首相のAznarの名前はJose Maria。あの顔で・・・と当時は思ったもんだ。

でもって、PepeとPacoにも惑わされた。

カトリック的な理由から、FranciscoはPaco(FranciscaはPaqui)となり、JoseはPepeとなる。Pacoの方はたしか、フランシスコ・アッシジアッシジはとても素敵な街である)からきていて、その彼のもっていたあだ名?なのか?であるPadre de la Comunidadが語源とかなんとか・・・とSantiが講釈してくれた。Pepeは・・・同じくPadre・・・なんだっけ・・・調べるか・・・ちがった・・・Pater Putativumの頭文字をとってPepe。

かなり大御所の聖人なため、FranciscoもJose(eの上にアセント有)も大量にいるため、スペインでは道ばたやBARなどで、「Paco!」か「Pepe!」を叫べば、必ず誰かが振り向くしかけになっている。同じく多いのだが、Manuel(Manolo)。これも同じく「犬も歩けばManoloにあたる」といえるくらい。

なんか、ここまで書いて思い出したが、以前にも書いた気がする・・・このネタ・・・しかも、ほとんど同じ内容な気がする。

最近ロクなことがないな・・・。


追記
先週は「減酒」に成功。映画みながら、魯智深からもらった四国の純米酒一本と、残っていたVinoを一本飲んだが、たったそれだけなり。あ、でも水曜日があるか・・・。とにもかくも、このペースで減酒して、ダイエットに成功してやる。酒さえ減らせば、勝手に痩せそうだが・・・。

追記2
ここ最近の日記はまたまとめて書く。

追記3
結局、おいらは今日何を書きたかったんだ?